〈名古屋名物〉だから「なごやん」はやめられない

ゆずれないおやつの話_vol1〉

〈ゆずれないおやつの話〉では筆者の人生において欠かせないと思うおやつについて勝手な尺度で語ります。記念すべき第1回目は地元愛知のソウルフードと言っても過言ではない「なごやん」の話。


昔からなごやんが大好きだった。あまりにも好きで子供の頃からほとんど習慣的になごやんを食べ続けているせいもあって、あらためて「なぜそんなにもなごやんを食べるのか」と質問されると軽いパニックに陥りそうになる。それを聞かれてしまうと「なぜ山に登るのか」と質問されたジョージマロリー的な回答しかできない。だってそこになごやんがあるから。

そもそもなごやんとは何なのか。簡潔に言えば薄いカステラ生地で白餡を包んだいわゆる「カステラ饅頭」というジャンルのお菓子です。1957年に名古屋の銘菓としてPASCO(敷島製パン株式会社)によって発売されて以降、数十年老若男女問わずおやつや手土産として愛され続けてきた。味は至ってシンプルで、カステラの味と白餡の味を同時に思い出してもらえればまさにそれ。想像を裏切らない素朴な味わいです。

なごやんはそのシンプルさゆえに実に色々なアレンジをされる。完成されたお菓子をわざわざいじくり回して食べるのってどうなのだろうという問題提起もあるだろけど、ことなごやんに関してはなにしろ《パスコ・サポーターズ・クラブ》で公式にホットサンドに挟んだりバターを乗せてトーストするレシピが公開されているくらいなので、なごやんの自在性の高さは天下公認の事実といえる。そのシンプルさゆえになごやんの可能性は宇宙のように無限大なのだ。


アレンジと言ってもそのベクトルは人それぞれ。味を変えるまではしなくとも、ちょっとした「自分流の食べ方」をする人も多い。たとえば「皮だけ剥がして先に食べてしまい餡は後からフォークで食べる」というのは割と一般的であり、この感覚はバームクーヘンの層をめくって食べたくなる感覚に近いように思う。次いで多いのが「半分に割って先に餡を食べてからじっくり皮に取りかかる」と言う行儀もへったくれもない食べ方。しかし極めて閉鎖的なわたしの交友関係の中にすらこの食べ方をする人が二人いるのでそんなに珍しい食べ方でもないのかもしれない。

学生時代なごやんを食べたことがないという同級生になごやんをお裾分けしつつこの話をしたところ「じゃあ皮と餡とではどちらかと言えばどちらが好きなのか」と問われて困惑した。そんな柿ピーの種とピーナツどっちが好き?みたいな質問されても困る。複数の要素が一体化している商品に対してどっちが好き?と2択を迫るのはよくある話なのだけれど、そして実際なごやんは皮と餡とを分けて食べることもしばしばあるおやつなのだけれど、ことなごやんに関してはこの2択を考える余地がない。芸人に例えるとわかりやすいかも知れない。種とピーナツそれぞれがピンで十分活動できる「柿ピー」は芸人で言うところのオードリーさんのようなタイプだ。若林さんにも春日さんにもそれぞれに違った方向性の実力と旨味がありコンビでもピンでもうまく素材を活かすことができる。一方のなごやんは芸人で言えばラバーガールさんと言ったところだろうか。お互いにピンでいるよりコンビでいた方が圧倒的に完成度が高い。コンビで作り出すあの独特の世界観を前に「どっちが好き?」とか言い出すのは野暮ではないか。それにわたしはなごやんの包括する可能性と自在性を購入しているのであるからやはり別々で優劣をつけることはできない。なごやんの魅力はその絶妙なバランス感覚にこそあるのだ。

なごやんのシンプルさは自在性の高さであると同時に、アベレージヒッター的な汎用性の高さでもある。なごやんはそのシンプルさゆえに長きにわたり老若男女問わず愛され続けてきた。もちろん「愛知県民なら漏れなく全員なごやん大好き」とはいかない。残念ながら。しかし、なごやんを「わざわざ好んで食べません」という人はいても「食べられません」という人は体感的にかなり少ないように思う(個人の感想です)。なごやんには「たとえ溺愛されなくとも受け入れられないほどではない」といったラインに滑り込む普遍的な素朴さがある。だからこそ手土産として重宝されることも多い。

ちょっと想像してみて欲しい。何かしらの集まりにたとえば八橋を持っていった場合、その場に居合わせた何人かの中に「全く食べらないほど苦手」な人がいる可能性は大いにある。事前のリサーチなしに八橋を手土産にする人はまずいないだろうけど、要は八橋のように独特のクセがあるお菓子は反応が二極化しますよねという話。しかしなごやんの場合アレルギーでもない限り「食べられない」というケース自体がものすごく少ないので大失敗は避けられる。たとえ大当たりしなくとも、大外れもしない。まさにアベレージヒッター。なごやんが幅広く長く愛されるもうひとつの理由は、ホームランではなくヒットを量産し続けるこの謙虚な姿勢にもあると思う。そして何よりなごやんは安い。コンビニで一個~購入できるところも良心的だ。

なごやんの本質はこの原始的とも言える圧倒的な素朴さにある。浜辺に転がっていたら石にしか見えない徹底された無装飾とシンプルな味。だから時を選ばず小腹が空いた時なんの気なしに手に取ってしまう。だからいつでも、いくつになっても、そこになごやんがあるだけでわたしはきっと食べずにはいられないのだ。