バイバイまた来るね#3 / 四日市


はっきりとした目的もないのになぜか「また来てしまう町」を歩き筆者がその雑感を主観と偏見を交えながら自由に綴ります。第3回目は四日市。

▶︎近鉄四日市駅/〒510-0075 三重県四日市市安島1丁目1−56

トナリエ四日市

わたしがこの町を特別に楽しい町だと思う原因のほとんどは育った環境や思い出によるところが大きいから、他の人には上手く説明することができない。東京生まれ東京育ちの人にはもちろんほとんど理解できないと思うし、都会ではなくとも近所に商店街があったり、大きな駅があったりする場所で育った人にもやっぱり分からないと思う。でもそうじゃない人たちとは少なからず、この町の全能感を共有できるんじゃないかと思っている。

子供の頃、休日に家族で「モール」と名のつく場所に車で行くことが何よりの楽しみだった。わたしの生まれ育った町は田舎で、当時は近所にコンビニすらなかった。自転車を立ち漕ぎで数分走らせればやっと飲食店やコンビニ、スーパーがポツポツと見えてくる。周辺にはとにかく民家と畑以外ほとんど何もなかった。

しかし「モール」には全てがあった。カラフルで眩しい洋服屋や雑貨屋、ジュエリーショップに花屋、本屋、フードコート、映画館まで入っている。圧倒的な全能感。モールはわたしにとって夢の国そのものだった。初めてここ四日市を訪れた時に感じた高揚感は、その昔「モール」で感じたそれとよく似ているのだ。

近鉄の駅前にコンテンツが溢れていて人の流れがある。休日には家族連れがのんびり買い物を楽しむ場所でもあり、友達と連れ立って洋服や化粧品を見て歩く場所であり、たくさんの学生が立ち寄る場所でもある。チェーンの飲食店が充実しているところもモール的で好きだ。スターバックス。サンマルクカフェ。若鯱家。にぎりの徳兵衛。ドンク。ケンタッキーフライドチキン。スガキヤ。ミスタードーナツ。チェンめしトレカでデッキ組んだら勝ち確チートな文句なしのラインナップが軒を連ねている。

東側には庶民的なアーケードの商店街が広がっている。チェーンの居酒屋や八百屋に混ざっていくつか独創的な個人商店もあるような商店街だ。パブリックな西側とは違い個人主義かつ自由主義的な雰囲気があって面白い。人形おもちゃぺんぎん。サバイバルゲームみりたり~はうす。ボードゲームサロン魔王の森。

もっとお洒落で気の利いた商店街や駅前の商業エリアが他所にいくらでもある、と思った人がいるだろう。全くその通りだと思う。でもわたしがこの町において重要視しているのはお洒落だったり気が利いていたり最先端であることではなくあくまでもこの「モール」っぽさなのだ。商業的な中にも生活の匂いがして野暮ったくダサいこの安心感がなくては意味がないし、モールとはそういう場所でなくてはいけない。だからわたしはこの町が好きなのだ。

 

スタンドゑびす
〒510-0086 三重県四日市市諏訪栄町9−13
〔全日〕12:00〜22:00 / LO21:30不定休】

「スタンドゑびす」の惣菜はどれも美味しい。刺身ははち切れそうに身が詰まっていて柔らかく、コロッケは衣がカリッと揚がっているわりに油っぽさがないからじゃがいものほくほくとした口当たりが残る家庭的な食べ応えだった。何よりこの町発祥の甲類焼酎『キンミヤ』を使った割梅入りの『キンミヤハイボール』がとくに気に入った。店を出てすぐの酒屋で『キンミヤ』を瓶で買ったせいで帰り道はバックパックが重かった。

 

鵜の森公園

鵜の森公園には猫がいる。避妊と去勢の印に耳がカットされた猫が多いから、たぶん飼い猫では無いにしても完全な野良猫というわけでも無く、いわゆる地域猫というやつなんだろうと思う。この公園の猫たちは人に怯まないが懐きすぎてもいない。距離感を心得ている。家の猫とはやはりどこか顔つきが違いその表情はベテラン看護師長のような責任感と威厳に満ちている。

 

諏訪神社

JR四日市駅

稲葉三右衛門翁銅像

稲葉三右衛門の人生について語るのは難しい。簡潔に言えば四日市の港の基礎を築いた人ということになるのだけれど、やっぱりそれではあまりにも簡潔すぎる。彼はいわゆる模範的な英雄でもなければ、かといってもちろん私利私欲にまみれた商売人でもない。彼は言うなれば公共事業家だった。そんな職種があればの話だけれど。でもそう表現するのが個人的には一番しっくりくるように思う。彼は江戸時代の大地震で壊滅した四日市の港を基礎から整備すべく私財を投じ奮闘した地元の豪商だ。しかし港の再建は一市民が着手するにはあまりにも壮大な計画だったため、金策に苦労した上に住民とも衝突、親友とも決裂し、時代の転換期であったせいもあって政府からの援助さえ満足に受けられなかった。それでも彼は最後まで再建を諦めなかった。もちろんこの一連の奮闘ぶりは完全な自己犠牲によるものではない。いずれ港を完成させたあかつきには関税を取ってお金を儲けようという豪商らしい目論見もあった。しかしそうした目論見をもってしてもあまりある犠牲を彼が人生を通して払ってきたことに変わりはないと個人的には思うし、世間的にもたぶんほとんどの人が同じ意見だからこそこうしてこの場所に立派な像が建っているのだろう。彼の人生における財産は四日市港であり、四日市港ひいては四日市という町全体が稲葉左衛門の功績と言っても過言ではない。

わたしが彼の文献に目を通して分かったのは、自分には地元愛と呼べるものがほとんど無いということだった。死んだ後に像を立てて崇めたてやると言われても、わたしは彼と同じように地元のために身をやつし奔走することは絶対にできない。だからできることなら彼に聞いてみたいことがある。本当にその人生を一度も後悔したことがないのか。年老いた後で港を見て何を思ったのか。こんなものさっさと放り出してもっと自分の人生を好き勝手に生きればよかったと思いはしなかったのかどうか。

ともあれ彼が人生を賭した四日市港はとても立派できれいだった。

 

 

〈四日市〉家賃平均:単身者*5.3万円 / ファミリー*6.9万円 / 近鉄の利用者数が多い港町。