バイバイまた来るね #1 / 東別院

はっきりとした目的もないのになぜか「また来てしまう町」を歩き筆者がその雑感を主観と偏見を交えながら自由に綴ります。第1回目は東別院。

▶︎東別院駅/名古屋市中区大井町3-24/名城線

名古屋別院(東別院)

喫茶サンジェルマン

気の利いた遊び場というわけでもないけれど、このあたりには何かしら人を惹きつける感じの良さがあると思う。そして同時にその感じの良さわたしを含めた一部の人間をとても居心地悪くさせるものでもあると思う。あるいはそんなことを思っているのはわたしだけなのかもしれない。他の人に言わせればそれはわたしの完全な被害妄想らしい。でもとにかくわたしにとってここはとても感じが良く少しだけ居心地が悪い町だ。

だだくさ、と子どもの頃から母や父によく言われた。今でも七味の蓋をちゃんと閉めず引き出しに戻したり、水切り棚の乾いた食器の上に洗った食器を重ねたりして夫に怒られているので、歳をとっても本質的なところで自分は全く成長していないんだと毎日思う。靴下はネットに入れ忘れるし洗面所も毎朝水浸しになる。閑話休題。言いたいのは、そういう人間にとってここはあまり居心地の良い町じゃないということだ。

「丁寧な暮らし」的な見えないスローガンが、この町には掲げられているように思うのだ。やっぱり考え過ぎなのだろうか。わたしはでも、町を行き交うひとの装いやベビーカーの赤ん坊の衣類のオーガニックな色合い、民家の庭先と言ったこの町を作るひとつひとつからそのスローガンを確かに感じる。

スターバックス東別院店

とくに駅前にスターバックスができたことでその空気は一層濃くなったような気がする。わたしはスターバックスが好きだし、スターバックスのある町が好きだ。遠くの景色にあの緑のウェーブヘアの女性を見つけると反射的に浮き足立ってしまう。だけどそれでいて店内に入る瞬間は今でも少し緊張する。店員さんが西川の羽毛布団のように優しく接してくれることもちゃんと知っている。だけど怖頭でわかっていても、扉の内側のあの空気、そこにいる人たちの何かにわたしは何度でも緊張する。自分が本質的には「お呼びでない」タイプの人間だと思うからなのかもしれない。店員さんに好きなアーティストを問われれば、きっとわたしは反射的にくるりかスピッツ、大瀧詠一と答えてしまう。たとえば本当はOfficial髭男dismやbacknumber、あいみょんが好きだったとしても。

この町に感じる居心地の悪さはスターバックスで感じるそれとよく似ている。親切で感じがいいけれど、今に何かを見破ろうとしているんじゃないかと勘ぐって身構えてしまう。

熟タルトの店 アトリエブリコ

もちろん感じのいい町には、その感じの良さに見合った感じのいいお店があるものだ。『アトリエブリコ』というタルト屋も例に漏れずセンスが良く少し居心地が悪い。その店のタルトは「厳選された上質な食材」を使用し「時間と手間をかけ丁寧に手作業」かつ「無添加」で作られている。化繊の服で入店するのも気がひけるような洗練された雰囲気のお店だ。ポップに記載された「相性の良いドリンク」といいインテリアといい、何もかも気が利いている。実際、タルトそのものだってすごく美味しかった。その日購入した蜜芋のキャラメルのタルトだってこっくりとした生地と濃厚なクリームのコントラストが素晴らしかった。もちろん言いつけ通りドリンクはカフェオレにした。そしてその選択はやっぱり正解だったと思う。

この町にしてもこのお店にしても、その居心地の悪さが同時に楽しくもあるから不思議だ。隠し味に使われているという聞いたことのないスパイスが出てくる店員さんの話にめずらしい組み合わせですね~と知ったかぶりをかましながら緊張で手に汗を握りながら、結局は背伸びすることを楽しんでいるのだ。

蜜芋とキャラメルのタルト

信じてもらえないかもしれないけれど、この町について語る上での「居心地が悪い」という表現は決して悪口じゃない。居心地が悪いところこそが、この町の中毒性の本質なのだ。

この町ではよくイベントが催される。毎月8日のつく日に東別院で開催される「暮らしの朝市」や年に一度の「アンティークマーケット」などはとくに訪れるたび、この町の意識を具現化したようなイベントだと思う。食べ物屋台や雑貨など手づくりの品々が並び、地元の人以外にも多くの人で賑わう。ターバンの人がとても多かった。立ち並ぶキッチンカーや出店ブースはそれぞれに趣向が凝らされていて、小さい頃、近所の児童館で開催されていたバザーとは一線を画している。

このイベントに足を運ぶ具体的な目的はない。強いて言うなら空気のため。この町のなんとも説明し難い牧歌的な空気にどっぷり浸るため、こだわりもないくせに天然酵母のパンを買い、有機野菜のカレーを頬張ったりしている。そう言う時、わたしはあたかも、普段からそういうものばかり好んで口にしているかのような顔をしている。

暮らしの朝市

アンティークマーケット

もしもこの町で暮らしたら、と考えてみることがある。休日も二度寝せず朝早くからスターバックスコーヒーのカップを片手に緑の中散歩する自分。日曜日には喫茶店でモーニングを楽しみ、8のつく日は暮らしの朝市でお菓子を買い、リビングの隅に流木を立てかけアンティークマーケットで買った雑貨を玄関に飾る自分。そのうちスパイスを買い揃えて一から有機野菜の無水カレーをつくるようになるかもしれない。

だけど自分の性格を顧みれば現実にそんな暮らしが長くは続かないこともすぐにわかる。わたしの怠惰さは形から入って矯正されるような生半可なものではない。

結局のところ、東別院は今のわたしの身の丈に合っていないのだと思う。わたしが今住む部屋は繁華街にあって、ゴミ出しのルールを守らないひとばかりなので路上にカラスが絶えない。朝帰りの人も酔っ払いもホームレスも多い。カフェはないがチェーン店は多い。コンビニの前で外国の人がたむろして謎の集会めいたものをやっている。タピオカや酒の空いた容器がそこらじゅうに置きっぱなしになっている。だけどその趣もへったくれもない品のなさが今のわたしには悲しいほどに心地良い。でもだからこそ、わたしは時々この町に足を運んでしまうのだ。

崇覚寺

 

 

〈東別院〉家賃相場:単身平均*6.4万/ファミリー平均*9.7万円。上前津と金山駅二つの主要駅に挟まれているためアクセス利便が良い。高速道路の入り口もあるため車移動も◎