#3スモールトーク / 痛くない今日に

歯にまつわる痛みには、そのほかの部位の痛みとは比較できない特別な煩わしさがあると思う。腹痛のように身動きが取れなくなる種類の痛みでもなければ、頭痛のように思考を妨げる種類の痛みでも無いし、関節痛のように折に触れて思い出す種類の痛みとも違う。「痛くなかった頃を思い出せないタイプの痛み」というのが一番近い表現かもしれない。

たとえば他の部位の痛みは外部から攻撃を受けているようなイメージなのだけれど、口内トラブルは嫌な奴が部屋の中に居座っていつまでも帰ってくれない、という感じがする。とにかく何をするにも気が散るし、何かを始めてもそいつの存在がチラついて途中でやる気が失せてしまい、気がかりで安心して眠ることもできなければ、かといって起きているのも憂鬱。そんな最悪で救いのない愚鈍な痛みである。

今まで何度も虫歯になるたびそんな痛みを味わってきたわけだけれど、今回の痛みは虫歯の比じゃなかった。

数週間前、親知らずを抜いた。それも上と下合わせて四本全てを一度に。

本当に一度に全部抜くんですね、と医者に何度も確認された。左右で時間をあけ二度に日を分けて抜歯するのが一般的らしく、何度かそうするよう勧められた。けれどわたしの意志は固かった。

そもそも歯科医院が嫌いである上に、麻酔が苦手だし、口の中でゴリゴリ音がして脳みそまで穴が貫通してるんじゃないかと思った等々の周囲からの抜歯にまつわる脅しのせいで完全に怯えきっていたこともあってどうしても処置を一度で終わらせたかった。堪え性のない自分の性格上、ダメージを軽減させて時間をかけるより、大きなダメージを一度に受け止めてしまう方がいいと思ったのもある。そして一度に全ての親知らずを抜いてもらいたいがために市内で一番親知らずの抜歯における評判がいい歯科医院を知り合いに紹介してもらったのだから今さらあとには引けない。

レントゲンやら諸々の検査をし、なかなか大変ではあるけれどこれなら一度に抜けなくはない、と最終的には医師も承諾してくれた。歯の一部が骨に埋まっていた関係で骨を削らなければならなかったりもしてそれなりにお手間はかけさせてしまったけれど、結果的に手術は問題なく終わった。

手術の日は痛み止めが切れぬよう数時間おきに鎮痛剤を飲み続け夕方からこんこんと眠り、翌日は痛み止めが効かないほどの激痛にのたうちまわった。三日目には鎮痛剤の飲み過ぎで胃が荒れ嘔吐し続け、四日目には全く軽減しない痛みに不安を募らせ、五日目の朝にはいても立ってもいられず歯科医院に電話をかけ急遽経過の観察をお願いした。

これだけ痛みが引かないとなるともう患部が化膿してしまっているとか、合併症を引き起こしているだとか、何かしら悪いことが起きているに違いないと思った。しかし診てもらうと傷口はいたってきれいで順調に回復しているという。「骨を削ってますから、二週間くらいは痛みますけどまあそういうものですから」と言った医師の顔が「それみたことか」と言っているように見えたのは多分被害妄想だと思う。ただでさえナイーブなハートは苦しみに満ちたこの数日間で疲弊し切った旅人のマントのようにすっかりボロボロになってしまっていた。

そんなわけで、ヨーグルトばかり食べていた。それ以外、本当に何も食べる気にならないのだ。おかげでスーパーやコンビニのありとあらゆるヨーグルトを試すことになった。明治ブルガリアヨーグルト各種、パルテノ、イーセイスキル、LG21、ソフール、アロエヨーグルト…エトセトラエトセトラ。

収穫はあった。今まで大した違いも分からず食べていたヨーグルトだけど、こうした特殊な状況下でゆっくり味わうとそれぞれの味わいもより鮮明になって、自分の好みもわかってきた。中でもソフールというハードタイプのヨーグルトがすごく気に入って今でもまとめ買いしている。とはいえ、いくらヨーグルトが美味しくとも、そして様々な味わいがあろうとも、ヨーグルトだけで人間がずっと満足し続けられるわけがないのだ。

食べる気にならない、とは言ってもそれはあくまで口の話であって、身体は普通に麻婆豆腐とかカレーとかラーメンを求めてしまう矛盾。だけど口はどうしてもそういうものを受け付けない。口を通さなければ人間は何も食べられないのだという至極当然の事実にわたしは打ちのめされた。

そんな壮大な矛盾を抱えながらわたしは痛みに耐え続けた。豆腐が大きいままどんと小鍋に入った辛い麻婆豆腐が食べたい!食べたい食べたい!と夜中に突如スイッチが入ったように喚き散らして夫に八つ当たりをし、じっとしていられず廊下を歩き回って猫たちに不審がられ、気を紛らわせようとyoutube広告に出てきたアプリをダウンロードしてはすぐに削除するという愚行を繰り返しながら、わたしはその不毛な日々をやり過ごした。歯が痛くなくなるならもうなんでもいいと思った。

しかしストレスが一定の積載量を超えると、人の心は防衛本能で悟りを開くらしい。とくに私はメンタルが鬼弱いためすぐその境地に達した。ある朝「痛い」という状態がマイナスであるという考え方からして間違っているのでは、と唐突に思い至ったのだ。

痛いという状態を嘆くのではなく、痛くなかった日々の素晴らしさを讃えるべきであると。人の体は日々老いて、疲弊し、消耗しているというのに、これほどの痛みを感じることはなく毎日を過ごせていたということが既に異常であったのだ。そもそも人間の身体は生きているだけで常になんらかの負荷を強いられている。であるならば、痛くなかった今までの日々に感謝こそすれ、現状の痛みを嘆くなどおこがましいことであり、今は身の程をわきまえ黙って耐え忍ぶのみ、とかなんとか、後半はそんなわけのわからないエセ哲学的なことばかり考えていた。精神的に参っていたのだ。思い出しながら今自分で書いていても屁理屈が過ぎると思う。実際痛みはマイナスでしかない。でも身も心も疲れ切った人間はそうして心を守るしかないのだ。痛みから解放された今ならわかる。あのまま痛みが続いていたらわたしはきっと頭を丸めて出家していた。

強い痛みは結局二週間きっちり続き、それを過ぎたあたりから日ごとに和らいでいった。

ストレスのあまりわたしが編み出したエセ哲学はいくらなんでも極論だけれど、それでも今は「痛くない」毎日が幸せで仕方ない。だけどそんなふうに思うのは痛みの残像がある今のうちだけなのかもしれない。

人は失って初めてその幸せに気づく云々という話は本当にその通りであって異議を唱える気は毛頭ないのだけれど、それでもやっぱり万事順調な時にそう言われても、本当にその通りですよね〜と二十秒くらいしみじみするだけで骨身に染みるほどにありがたがることは難しい。だからこそ苦しみの鮮度が高い今のうちに書き記しておこうと思う。

口の中が痛くないだけで、わたしの、そしてあなたの今日一日は完璧である。痛くなければなんでもできる。そして痛くない今日にありがとう。

 

 


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