#11スモールトーク / 根に持たない

 

#11スモールトーク / 根に持たない

 

友人と喧嘩を経て仲が深まったという話を聞くと、いつも神話か何かを聞いているような気分になる。私は喧嘩が何より苦手だし、喧嘩を通して友と絆を深めたこともない。

もちろん恋愛関係にある人とは何度か喧嘩をしたことがあるし、喧嘩をしたからといって別れたりもしないけれど、友人との喧嘩は幼少期に遡っても数えるほどしか経験がない。昔から、基本的に嫌いな人や意見が合わない人とはもう口を聞かず距離を置けばいいと放り出すたちだったので、相手に自分の意見を聞き入れてほしい、変わって欲しいと思うことがまずなかった。だからわざわざ相手の欠点や気に食わないところを口に出そうとも思わないし、相手に何かを強要したくもない。合わないものは合わないのだから合わないままでいいし、無論自分のために変わってほしいとも思わないし、深く関わりを持たなければなんの害にもならないのだからお互い勝手にしていればいいじゃないかと思う。

だからこそ主張が強い人や、自分の意見が通らない場合に人目を憚らず泣く人に対してはほとんど恐怖のようなものを感じる。なぜこの人は自分が尊重されることを信じて疑わないのか、なんておこがましい人なのだろうとおののいてしまう。最低限の人権を侵害しない限り、人が他人を尊重する義務などないのに、当たり前の権利かのようにそれ以上を求める人がおそろしい。喧嘩とはそういうおこがましさのぶつかり合いによって引き起こされる惨劇なのに。

私は極力他人の考えを否定したくない。だから万が一言い争いに発展しそうになった場合にも、相手の苦情を一方的に受け付けるというスタンスで固く口をつぐみサンドバックに徹することにしている。ずるい手であることはわかっている。しかしどうしても言い返す気にはなれない。それは同じ土俵に立ちたくない、あくまで被害者でありたいと言う意地汚い意識のあらわれでもあるとも思うけれど、それ以上に自分の根に持ちやすい性格が深く関係しているのだと思う。

攻撃のように繰り出された指摘を、私はずっと忘れない。ずっと覚えている。すごく根に持つタイプなのだ。そうなってしまうと今までのように気を許すことができなくなってしまい、当然そんな人間関係はもう億劫でしかないので結局は距離を置くことになる。

他人同士でものの考え方が違うことやその結果として軋轢が生まれることは当然だと思っている。ただそれを無遠慮な言い方で相手に投げつけたり押し付けたりできる人が苦手であるし、そういう人と無理をして付き合っても自分の精神が摩耗する一方で損をするだけなので、できる限り関係を持たないに限ると思ってきた。

だけどその一方で、自分の心が平均以上に狭いことに日々後ろめたさのようなものを感じたりもする。現状このようなスタンスで何も困っていないのだから今のままでいいと思う反面、どこかで変わらなければという焦りを覚えることもあるし、友人の驕り高ぶることのない純粋な親切や心の広さを垣間見た時には、自分はなんと取るに足らないせせこましい人間なのかと心底落ち込んだりもする。

別に喧嘩できる自分になりたいわけじゃないし、友達をふやしたいわけでもない。ありきたりな言葉だけれどたぶん私はただ、今よりもう少しだけ優しくなりたいのだ。誰よりも、とは言わないし、人並みにとも、とも思わない。ただ今よりもう少しだけ優しくなりたいのである。そのことに私は、去年テレビでもう中学生さんを見ていて、ふと気づかされた。

とはいえやみくもに優しくなろうとしてもありがた迷惑な人になってしまいそうだし、最初からハードルを高く設定しすぎても空回りして一瞬で放り投げることになりそうなので、まずは能動的な発想ではなく受動的にできることから始めようと思います。

そんなわけで今年の抱負はできるだけ「根に持たない」ことです。よろしくお願いします。