#9スモールトーク / Rさんという人

前の職場に面倒くさい人がいた。名をRさんと言う。

「最近料理に凝ってて」とある時Rさんが言った。それで「お料理の写真とか撮ってるんですか」と訊ねると「まあ、一応」と言うので「見せてくださいよ」と流れで深い意味もなく言った。するとRさんは短い沈黙の後上目遣いで私を見て言った。「本当に見たいですか?気使わなくていいですよ」

またある時、Rさんの仕事が上手くまとまったという話を耳にしたので「すごいですね」と軽く声をかけた。するとRさんは「別に俺が担当しなくても上手く行きそうな仕事だったし、大して何もしてないよ」と言う。

Rさんの返答は謙遜を超えて拒絶に近い。最初はわたしがRさんに距離を置かれているのかもしれないと思ったが、周りの話を聞いているとどうもそういうわけでもないらしい。Rさんは別に嫌な人というわけじゃない。意味もなく他人の悪口を言うわけでもなし、無論セクハラもパワハラもしない。見栄っ張りという感じでもなければ、仕事で手を抜き周りに迷惑をかけるわけでもない。ただ「ちょっと面倒くさい人」だった。

勝手な話だけれど、わたしはいつからかRさんに対して仲間意識のようなものを持つようになった。Rさんが周囲から陰で「面倒だ」と指摘される内容のほとんどが自分にとって他人事と思えなかったからだ。

褒められれば否定し、求められれば訝しみ、誘われれば怪しむ。イエスかノーで返せる質問に質問で返す。決して人と距離を置きたいわけじゃない。ただ過剰な自意識が邪魔をして無防備でいられない。いつだって先回りして自分を守ってしまうがゆえに発言がまどろっこしくなってしまう節があって、それは私にも言えることだった。

料理の写真を見せてほしいと言われれも「見せてほしい」の部分が信じられないのだと思う。社交辞令で言っているだけで本当に見たいわけじゃないのかもしれないと考えてしまう。むしろ本当に見せたら見せたで「流れで見せてって言ったら興味もないのに本当に写真見せてきてさ~」と陰で言われるかもしれない、という懸念がつきまとうのだろう。褒め言葉にしたってそのまま素直に受け取ってしまったら「いい気になってる」「勘違いしてる」と思われるかもしれない、と思わずにいられないのだと思う。少なくとも私はそうだ。

そんなありもしない火種を消して回りながらでしか人と関われない卑屈さには共感できるところがあった。常に物事の本質や裏側を見越せているのだというスタンスを貫き、自分の心を守ることばかりが先立ってしまう。そういう自分と似た思考が見え隠れしているからこそ、わたしはRさんに勝手に仲間意識を抱いていた。

そんなRさんにも仲のいい後輩が一人だけいた。名をYと言う。

Yはわたしと同世代の男の子だった。人懐っこくひょうきんで、Rさんともそれ以外のほとんど誰とでも上手くやれるわかりやすく社交的な人だった。そしてすごく性格が良かった。

ある時、Yを含めた数人がRさんをご飯に誘っているのが聞こえてきた。Rさんはやはりいつものように「俺、本当に行って大丈夫?同世代だけの方が気楽でいいんじゃない?」などと言ったが、Yはこともな気に「でもRさんは俺とご飯行きたいでしょ?」と軽口を叩いてRさんを連れ出した。YはそんなふうにいつもRさんが作った溝を軽くスキップで飛び越えた。

Yの無邪気さがわたしにはいつも眩しかった。Yのそういう屈託なのなさを目撃するたびになぜわたしはYのような人になれなかったのだろう、と眩しい気持ちで少し妬んだりしたこともあった。Yはたぶんカラオケで一番最初に曲を選ぶ人で、外国人に道を聞かれても恥ずかしがらずカタコトの英語で道を説明する人で、二次会に行こうと臆せず言える人で、電車でお年寄りに席を譲ろうと声をかけて断られても声をかけたこと自体は後悔しない人で、ふと思い出したように同窓会を主催するタイプの人だった。わたしとは真逆の、基本的には交わることのないタイプの人だった。だけどそれはRさんにとっても同じはずだと思っていた。

だからYが会社を辞めることになって、Rさんが送別会の幹事を名乗り出たはすごく驚いた。小さい会社だったけれどYは誰とでも仲が良かったから、いつものRさんなら「自分が幹事を申し出るのはおこがましいしでしゃばりなことである」と思いそうなものだった。そもそもRさんは仕事以外のイベントに自分から関わることなどまずしない人だったから、立候補したこと自体に誰もが驚いた。Yはでも、後でそのことを知ってすごく嬉しそうだった。

Rさんと自分が仲間だなんてどうして思っていたんだろう、とRさんが幹事を名乗り出てみんなを驚かせていた時、わたしはひとり自分を恥じていた。Rさんと私は全然仲間なんかじゃなかった。

たぶん似たところも少なからずは本当にあったんだと思う。だけどわたしとRさんとは根本的に全く違っていた。少なくともRさんはいざという時に殻を破ることのできる人だった。自分の陣地の外に出て戦うことのできる人だった。Rさんの勇気にわたしは静かに感動した。そして勝手に分かった気になっていた自分の傲慢さをひたすらに恥じた。

居酒屋で酒を何杯も飲み、顔を真っ赤にしながら会を取り仕切るRさんのことを今でも時々思い出す。そしてそのたび情けなくなる。わたしはいまだ殻を破れた試しがない。