#12スモールトーク / 嘘になるとは思わなかった

 

#12スモールトーク
嘘になるとは思わなかった

 

数年前、占星術とかパワースポットいった類のスピリチュアルな方面に精通している人と職場で知り合った。私はそういうものに興味を持ったことはなかったし、基本的に目に見えるもの以外何も信じていないのだけれど、昼休みや仕事の合間にその人が熱心に話してくれるスピリチュアルな話の数々は面白かった。

無論いくら話を聞いてもそういう類のものを信じる気持ちは少しも育たなかったけれど、かといって馬鹿にしているわけでもなく、ただ自分の知らない価値観や世界に触れられることを純粋に楽しんでいたんだと思う。スピリチュアルなものを含め非科学的なものは、存在し得る根拠もないけれど、当然存在しないと証明することもできない。だから信じる人もいるのだろうし、信じたい人は信じればいいと思う。だから自分が信じていないからと言って、それを信じている人の話を否定的なスタンスで聞くようなことはしたくないし、反証しようとするようなこともしたくはなかった。だけどそれがよくなかったのかもしれない。いつからか、気づくとその人の中で私はすっかり「信じる側」に分類されていた。

決定的な出来事はなかったけれど、その人の言葉の節々に仲間意識のようなものを感じることが増え、だんだん息苦しさを感じるようになり、メッセージやご飯の誘いもなんとなく億劫になった。その度に茶化すようなスタンプを送ったり、忙しぶったりしてごまかしたけれど、そんなふうに距離を置くことでしか意思表示できない自分にうんざりした。

齟齬が生まれた途端その人の話を今までのように純粋に楽しむことができなくなった。今までなら都市伝説とかオカルト話を聞くような気軽さで面白がれていたような話も、押し付けがましくご都合主義的な部分ばかりが際立って必要以上に嫌悪感を抱いた。そして内心ではそう感じながら、今までと変わらず愛想よく振る舞う自分がひどい嘘つきのようにも思えた。くだらない、胡散臭いと思いながら信じているかのような態度を装って相槌を打つ自分が気持ち悪かった。

その人が会社を辞めるまでそんな状態が続いた。会社を辞めてからも何度かご飯に誘われたけれど、あれこれと言い訳をして断った。

「話をすることも、聞くことも楽しかったし面白かった。だけどあなたの信じているものを私は信じていないし、同じように夢中にはなれない。だけどあなたの話を聞くのが楽しかったのは嘘じゃない」

私はそれだけのことが言えない。その人を傷つけるのも、自分が傷つくのも面倒で、結局は一番怠惰でずるいやり方でいつも投げ出してしまう。私はいつも面倒くさがってばかりいる。

いつも最初は嘘になるとは思っていないのだ。気づくと嘘になっているだけで、本当に嘘をつく気はないのだ。全部言い訳に過ぎないけれど。